小ヤコブ (James the Less)
(?〜62頃)

 十二使徒。アルファイの子ヤコブとして十二使徒選出の場面にのみ登場し、ゼベダイの子ヤコブ(大ヤコブ)と区別して小ヤコブと呼ばれたとされる。小ヤコブ(マコ15:40)、初期キリスト教会の中心的指導者であったイエスの兄弟・義人ヤコブ、最初のエルサレム教会司教として名前が残るヤコブと同一視される。主の兄弟ヤコブは、外見がイエスと良く似ており、イスカリオテのユダが接吻を合図にしたのは、ヤコブとイエスを取り違えないためだったともいう。

 アルファイの子ヤコブとしては十二使徒の一人という以上のことは記述が無く、小ヤコブの名は母マリアの形容として一度登場するのみ。
 イエスの兄弟ヤコブは、他の兄弟同様イエスを信じていなかったが(マコ3、ヨハ7)、イエスの死後、イエスがヤコブの前に姿を現し(一コリ15:7)たことから教会に参加してエルサレム教会の初代司教となり、ペトロ、ヨハネと共に「柱」として指導的役割を果たしていた(ガラ2:9)。また、イスカリオテのユダの代わりに候補としてマッテヤと共に選ばれた、バルサバと呼ばれ、ユストともいう義人ヨセフは、アルファイの子ヤコブの兄弟だったといわれる。(使徒1:23,『黄金伝説』使徒聖マッテヤ)
 イエスの死の7年後、他の使徒と共にカイアファらユダヤ人に宣教を行っていたが、階段から投げ落とされ、以降びっこを引くようになったという。(『黄金伝説』)
 エルサレムの使徒会議(A.D.48頃)においてキリストの信徒が割礼を受けるべきかという問題に対してはユダヤ律法的キリスト教の代表として保守的な立場にはあったようだが、「神に立ち返る異邦人を悩ませてはなりません」と発言、偶像に供えられて汚れた肉やみだらな行い、絞め殺した動物の肉と血などの避けるべきものだけを手紙にしたためるよう提案している(使徒15:13)。
 ヒエロニムスやヘシゲッポスによると、ヤコブは飲酒・肉食をせず、水浴や剃髪をせず、体に油を塗らないナジル人として神殿の至聖所に入ることも許され、義人としてユダヤ人からも尊敬を集めていた。しかし、三回目の宣教旅行から戻ったパウロが外国のユダヤ人にに対して律法から離れるように煽動していると目されていたことから、7日間の誓願によって清めを行うことを勧告するが、パウロは煽動されたユダヤ人らによって逮捕され、皇帝への上訴のためローマに護送されることになる(使徒21(A.D.58-59頃))。
 矛先をヤコブに向けたユダヤ人は、ヤコブにキリスト崇拝を止めるように過越祭で呼びかけることを依頼するが、ヤコブは逆にイエスを称える言葉を神殿の屋根から大声で叫んだ。そのために屋根から突き落とされ、石打ちにされた上、更に布を晒すときに使う鎚で脳天を打たれて殉教した。その時までヤコブは迫害者のために祈り続けていたという(『黄金伝説』)。


(1) 祝日は5月3日(フィリポと同じ)。565年頃5月1日にローマの十二使徒大聖堂が献堂された折、フィリポと小ヤコブの遺骨が祭壇の下に安置されたため、西方教会では同時に祝われる。但し、『黄金伝説』の訳注では祝日を5月1日(1955年からは11日)としている。ギリシア教会は10月9日。
(2) 十字架の下にいた女性のうち、ヤコブとヨセフの母マリア(マタ27:56)、小ヤコブとヨセの母マリア(マコ15:40)、母とその姉妹、クロパの妻マリア(ヨハ19:25)について、3人のマリアを同一視し、クロパの妻をイエスの母の姉妹として続けて読むと、小ヤコブはクロパ(=アルファイ)の子でイエスの従兄弟に当たる。或いは、イエスの兄弟としてヤコブ、ヨセフ、シモン、ユダの名が挙げられている(マタ13、マコ6)ことから、聖母マリアとヤコブ(小ヤコブ)とヨセフの母マリアを同一視すると、イエスとは兄弟となるが、聖母マリアは生涯処女であったとされている。
 『黄金伝説』では、アルファイの子と主の兄弟を関連付けるため、復活したイエスに会った二人の弟子の一人クレオパ(ルカ24:18)とクロパ(ヨハ19:25)を同一視し、またクロパの「妻」を「娘」と読み替え(希)、更にヘシゲッポスの説に従ってクレオパをイエスの父ヨセフの兄弟であったとする。クロパの「娘」マリアとアルファイの間の子がヤコブであり、クロパの妻をアンナ(聖母マリアの母(三度結婚していることになるが、夫クロパが生存していては関係が成り立たない。))だとしてヤコブが父母両方からイエスの血縁であったために兄弟と呼ばれたとされる(父母両方で血縁関係にある場合にのみ兄弟と呼ぶらしい)。また、イエスの父ヨセフと先妻の間の子であったとも伝えられるが、いずれにしろ根拠がある訳ではなく、小ヤコブと主の兄弟ヤコブを関連付けるための説明でしかないようだ。
 但し、いずれにしろアルファイとの関係が不明であることから、アルファイの子ヤコブとしては十二使徒の一人という以上のことは記述が無いことになる。
 また、使徒マタイと同一視されるアルファイの子レビ(マコ2:13)と兄弟である可能性もあるが。
(3) イエスの兄弟ヤコブは、聖書中の『ヤコブの手紙』の著者とされるが、後代にヤコブの名を用いて書かれたようだ。
(4) 偽作だが聖イグナティオスが師である福音書記者ヨセフに書いた手紙には義人ヤコブはイエスと双子のように似ていたと書かれており、絵画でもイエスに似た姿で描かれることもある。また、ユダに代わる十二使徒の候補に選ばれたユストと呼ばれるヨセフは、小ヤコブの兄弟とも云われ、そこからイエスの兄弟ともされる。
(5) 大祭司アンナスはイエスを殺したカイアファの舅。5人の息子全員が大祭司になるほど有力者であり、この年(A.D.62)3ヶ月だけ大祭司に復位した。ユダヤ総督フェストゥスの死後、後任者アルビヌスが就任するまでの空白期間を狙ってファリサイ派を弾圧したとされる。
(6) ヤコブの頭骨はイタリア中部のアンコーナにあるサン・チリアコ聖堂で崇敬されているらしい。
(7) 標章として殉教具である棍棒か、砧(きぬた・布を晒すときに使う木の台)が描かれる。標章とは、聖人画などでその聖人を表わすために一緒に描かれる物で、有名なエピソードに関係する物や殉教の道具が描かれることが多い。