福音書 (Gospel)



 「良い知らせ」を意味する。通常は新約聖書に含まれる「マタイ」「マルコ」「ルカ」「ヨハネ」それぞれによる四大福音書を意味する。そのうち、マタイ、マルコ、ルカの三つの福音書は共通点が多いことから共観福音書と呼ばれ、マタイ、ルカはマルコ福音書の他にQ(Quelle:原典・文献(独))資料と呼ばれる終末思想の強い「イエス語録」のようなものと、それぞれの独自の資料を参考に書かれたと云われる。二世紀頃には四つの福音書が揃えられていたようである。
 また、エゼキエル書(1:4)の幻視に現われる四つの生き物について、キリストは降誕のときに人になり、死ぬときは犠牲の雄牛となり、復活のときは獅子、昇天のときには鷲になると解釈され、それぞれの福音書の書き出しの印象に従って四人の福音史家の象徴として割り当てられるようになった。

福音書著者執筆年代対象者
マタイ使徒マタイ85年頃ユダヤ人
マルコヨハネ・マルコ70年頃異邦人鷲→獅子
ルカ医師ルカ80年頃ギリシア文化の中にある人雄牛
ヨハネ使徒ヨハネ90年頃ギリシア文化の中にある人獅子→鷲
※象徴の獣には翼をつけて描かれることも多い。

『マタイによる福音書(馬太傳福音書)』
 著者は旧約聖書やユダヤ教に詳しいギリシア語を使うユダヤ人キリスト教徒であり、ユダヤとの接触のあるパレスチナかシリア辺りで記されたと考えられる。ユダヤ教に対してイエスが旧約聖書の預言の完成であることを示すと共に、弟子を理想化して教会の存在を重視する。使徒が書いたという権威とその文量の多さ、文体が優れていることなどから聖書の最初に置かれた。
 イエスの生い立ちから始まることから、人(青年)を象徴とする。

『マルコによる福音書(馬可傳福音書)』
 著者はペトロの通訳であったマルコとよばれるヨハネとされるが、マルコはエルサレム出身のレビ人祭司でありながら、福音書には地理的な誤りやユダヤ人の習慣の誤りが見られる。また、ペトロの記憶ではない伝承を元に簡潔な文体で書かれていることから、著者はギリシア語があまり上手くないヘレニズム世界に生きる人物と考えられる。イエスの伝道活動を中心に描かれ、ラテン語の注釈が加えられていることから、異邦人も対象として書かれたようだ。ユダヤ的権威に対して批判的な面が見られる。福音書としては最古のものとされ、マタイ、ルカの福音書もこれを基に書かれたとされる。
 エルサレム入城後にあたる13章以降の情報源が前半と異なると云われる他、最後の16章にイエスの復活の場面が描かれるが、イエスは登場せず、復活が誰にも伝えられないという不自然な終わり方をしており、最後が紛失したのか、元々存在しなかったのか良く分かっていない。
 荒れ野での洗礼者ヨハネの宣教から始まることから獅子を象徴とする。

『ルカによる福音書(路加傳福音書)』
 著者はパウロに同行した医者ルカであるとされるが、形式の似ている『使徒言行録』の著者だとすれば、ルカではない。ユダヤ教に詳しい異邦人キリスト教徒であると考えられる。内容的には、時系列や年代への配慮が見られる他、ローマの高官への献辞や総督ピラトのイエスへの無罪宣告、終末思想の抑制と弱者への博愛が多く見られることなど、キリスト教を安全な宗教として歴史や現実の中に無理なく含めようとしたことが窺える。マルコ福音書を基に幾つかの記事を削り、「善いサマリア人」や「愚かな金持ち」「実のならないいちじくの木」など多くの記事が集められている。
 生け贄を捧げる神殿から始まることから雄牛を象徴とする。

『ヨハネによる福音書(約翰傳福音書)』
 著者は使徒ヨハネとも、『マルコ』の著者とされたヨハネ・マルコ、福音書中に登場するイエスが愛した弟子、あるいは初期教会の長老ヨハネであるとも云われるが、いずれも確かではない。ユダヤの地誌に詳しく、ヨハネに連なるユダヤ人キリスト教徒によってエフェソで記されたと考えられる。福音書ではあるが、他の三つの福音書とは内容が大きく異なり、事件を選択的に記載して、それに対する意義を長い文章で記すという独自の形式を取っており、地理的・時間的にも他の福音書とは内容が異なることなどから、別の成立過程を経て誕生したと考えられる。また、イエスが「わたしは〜である」という言葉を話すことで、イエスのメシア的主張が強く表されている。
 ラザロの甦りが語られ、悪霊の追い出しが語られない。
 神学的考察から始まることから、神秘的な幻を見る人の象徴である鷲を象徴とする。


(1) 他に『ナザレ人福音書』、『ヘブル人福音書』、『エビオン人福音書』、『エジプト人福音書』、『トマス福音書』、『ピリポ福音書』、『ヤコブ原福音書』、『ペトロ福音書』、『ニコデモ福音書』などが新約聖書外典として存在する。
(2) ギリシア語では、evangelion。
(3) 最後の晩餐の日のズレについて、ヨハネでは磔刑の日が過越の準備の日(ニサンの月14日)とされているが、他の福音書では磔刑は過越の食事の後であることから過越祭の当日に当たる。逆にヨハネにおける最後の晩餐は過越の食事ではなくなる。これについてはマタイ、ルカの基となったマルコが間違えたとも、ヨハネがイエスを過越で屠られる羊になぞらえるために過越の準備の日にしたとも考えられる。なお、ユダヤの暦では一日は日没から始まる。