† 巨人
Nephilim、Gigantes


 さて、地上に人が増え始め、娘たちが生まれた。神の子らは、人の娘たちが美しいのを見て、おのおの選んだ者を妻にした。主は言われた。「わたしの霊は人の中に永久にとどまるべきではない。人は肉にすぎないのだから。」こうして、人の一生は百二十年になった。
 当時もその後も、地上にはネフィリムがいた。これらは神の子らが人の娘たちのところに入って産ませた者であり、大昔の名高い英雄たちであった(創世6:1)。
 地上に人の悪が増し、それを後悔した神によって全ての生き物を一掃するノアの洪水が引き起こされる。前後関係から暴力的なネフィリムが世の罪を増やし、その状況を作ったとも云われるが、解釈に無理がある。

 エジプトを出たモーセは、民を率いてカナンに侵入しようとしていた。カナン偵察に向かった者のうち、カレブは攻撃を進言したが、他の者は反対し、「いや、あの民に向かって上って行くのは不可能だ。彼らは我々よりも強い」と言い、イスラエルの人々の間に偵察して来た土地について悪い情報を流した。「我々が偵察して来た土地は、そこに住み着こうとする者を食い尽くすような土地だ。我々が見た民は皆、巨人だった。そこで我々が見たのは、ネフィリムなのだ。アナク人はネフィリムの出なのだ。我々は、自分がいなごのように小さく見えたし、彼らの目にもそう見えたにちがいない。(民数13:30)」この言葉を受けて民が進むことに反抗したため、神の怒りを買い、侵攻を進言したヨシュアとカレブを除く偵察に向かった者は疫病で死に、小さな子供を除いた反抗した世代が全て入れ替わるまで、偵察に要した日数40日に応じた40年間荒れ野をさまようことを命じられた。それを聞いた民は神の守りが無いにも拘らず、神の命に背いて攻め込み、大敗を喫することとなる。
 ネフィリムは、ヘブライ語のナーファル(落ちる)に由来する「堕落した者」「襲いかかる者」の意とされるが正確な意味は不明。ギリシア語訳ではギガンテス(巨人)と訳される。その後、巨人の種族アナク人として歴史の中に入ってきたとされる。


 40年が過ぎ、カナンに侵攻するイスラエルは、エドレイでヨルダン川東岸バシャンの王オグを打ち破り、アルゴブ全域の六十の要害の町を奪い、全て滅ぼし尽くした。バシャンの王オグは、レファイム人の唯一の生き残りであり、その鉄の柩は幅4アンマ(約1.8m)、長さ9アンマ(約4m)もあったと云う(申命3:11)。
 レファイムは、ヘブライ語のラーファー(休む、沈む、落ちる)に由来する名とされ、ギリシア語訳ではギガンテス(巨人)と訳される。パレスティナの巨石文化の存在から原住民が巨人だったという伝承を受け継ぐもので、モアブの先住民族エミム人と同一とされる。


 (サウル王の時代)ペリシテの陣地から一人の戦士が進み出た。その名をゴリアトといい、ガト出身で、背丈は六アンマ半(約2.9m)、頭に青銅の兜をかぶり、身には青銅五千シュケル(57kg)の重さのあるうろことじの鎧を着、足には青銅のすね当てを着け、肩に青銅の投げ槍を背負っていた。槍の柄は機織りの巻き棒のように太く、穂先は鉄六百シュケル(約6.8kg)もあり、彼の前には、盾持ちがいた(サム上17:4)。
 イスラエル軍を挑発し、一騎打ちを挑むゴリアトに対し、ベツレヘム出身のエフラタ人エッサイの子ダビデが石投げ紐で小石を投げ、額を割って打ち倒した。


 (ダビデ王の時代)ペリシテ人は再びイスラエルと戦った。ダビデは家臣を率いて出陣し、ペリシテと戦ったが、ダビデは疲れていた。ラファの子孫の一人イシュビ・ベノブは、三百シュケル(約3.4kg)の重さの青銅の槍を持ち、新しい帯を付けて、ダビデを討つ、と言った。しかし、ツェルヤの子アビシャイは、ダビデを助けてこのペリシテ人を打ち殺した(サム下21:15)。(略)
 その後、ゴブの地で、再びペリシテ人との戦いがあった。このときは、フシャ人シベカイがラファの子孫の一人サフを打ち殺した。ゴブで、またペリシテ人との戦いがあったとき、ベツレヘム出身のヤアレ・オルギムの子エルハナンが、ガト人ゴリアトを打ち殺した。ゴリアトの槍の柄は機織りの巻き棒ほどもあった。別の戦いがガトでもあった。ラファの子孫で、手足の指が六本ずつ、合わせて二十四本もある巨人が出て来て、イスラエルを辱めたが、ダビデの兄弟シムアの子ヨナタンが彼を討ち取った。これら四人はガトにいたラファの子孫で、ダビデとその家臣の手によって倒された。(サム下21:18)


 (ダビデ王の時代)その後、ゲゼルでペリシテ人との戦いが起こった。このときは、フシャ人シベカイがレファイム人の子孫の一人シパイを打ち殺し、彼らは服従することとなった。またペリシテ人との戦いがあったとき、ヤイルの子エルハナンがガト人ゴリアテの兄弟ラフミを打ち殺した。ラフミの槍の柄は機織りの巻き棒ほどもあった。別の戦いがガトでもあった。ラファの子孫で、指が六本ずつ、合わせて二十四本もある巨人が来て、イスラエルを辱めたが、ダビデの兄弟シムアの子ヨナタンが彼を討ち取った。この者たちはガトにいたラファの子孫で、ダビデとその家臣の手によって倒された(歴代20:4)。
  •  ネフィリム、レファイム、ラファ、いずれも音や意味が類似していることから、同根の言葉ではないかとも思われますが…。
  •  オグの柩は、黒色玄武岩の寝柩であったと云われる。
  •  『サムエル記』と『歴代誌』などは、当時の伝承を広く集め、幾つもの資料から編集を行ったために混乱した記述が見受けられるようです。